塩谷 立(しおのや りゅう)衆議院議員は塩谷 一夫(かずお)・登女子(とめこ)さんの長男だ。昭和25年1950生。豊・節子が静岡にいた時代、昭和33年1958からの付き合いで、当時、豊と一夫は静岡県の同僚部長で官舎が隣合わせだった。節子と登女子(とめこ)さん、妹の久子さん、薫雄、恒次、鐵朗と立、泉(いずみ)の兄弟とは親しくしていた。

一夫氏はその後、衆議院議員となり文部大臣を務めた。
恒次・久美子の仲人だ。
立さんもそのあとを継いで、同じく文部科学大臣を務めた。
現在は安倍派筆頭幹事、代表代行で、自民党の重鎮のひとり。
地元は静岡県浜松市。
立さんは須川兄弟とは静岡高校、慶應義塾大学で同窓だ。
日本の政界は昨年の安倍元総理の奈良の遭難直前、薫雄は立さんの招きで彼の息子と3人で食事して以来、コロナ、ウクライナと慌ただしい展開が続いた。解散風もなくなった6月20日、薫雄が立さんを議員会館に訪れた。
その目的はすでに立さんに電話で話をしていた内容だが、日本国がウクライナ戦争の機会に勉強しなければならない具体的企画に関し、政府に提言した欲しいと言うお願いだった。当日は陸上自衛隊元武器学校校長・市谷駐屯地司令で現在は防衛安全保障研究家の新村 暢宏(のぶひろ)氏が同行する予定であったが、同氏の母が静岡で入院することになり来られなかった。なお新村元司令は2人の静岡高校後輩だ。
そんなことで塩谷 立衆議院議員とは父母の代からの長い付き合いで須川兄弟は、彼の健康と活躍を祈念している。

立議員が現在、取り組んでいるのは、有事における民間人避難先、シェルター確保の事案だ。シェルターは欧米各国では整備されているが、日本では未知の存在。災害にも使える。
その為に春には沖縄、与那国島などを視察してきた。
また昨年は、清水のボクサーであった袴田 巌死刑囚の再審問題では国会議員団の団長であった。
(この項以上)